近年、健診受診者からの「人間ドック受診の際、胃カメラを同時(一緒)に受けたい」という要望=検査需要が着実に増加しています。
日本全国レベルで経鼻内視鏡(鼻から挿入する胃カメラ)検査が普及しつつあることに伴い、「従来の胃カメラ(口から挿入する胃カメラ)に比べて、身体的負担が少なくなり受けやすい検査になった」というイメージが一般の方たちに浸透してきた結果かとわたくしは推測しています。
確かに、経鼻法による胃カメラでとても楽に毎年検査を受けていますという感想やご意見をお聞きすることが幾度もあり、とても嬉しく思っておりますが、しかしながら、当施設においては複数の検査機器と放射線技師で対応が可能なバリウム検査とは異なり、前処置にかかる時間や一台の検査機器と医師一人で実施することになる胃カメラの検査数にはそもそも限りがあり、受診者の皆様からのご要望すべてにお答えできない状況が残念ながら、長らく続いております。
率直なところ、こうした胃カメラ供給と需要のアンバランスは札幌市内の健診機関いずれもがかかえる課題の一つのようです。内視鏡医師増員や機器整備については、なかなか難しい事柄のためすぐには解消できないものと推察しています。
但し、胃カメラを担当している医師として、受診者の方たちに直接、結果説明をしておりますと、「多少、苦しくとも、直接、胃の中を観察できる胃カメラの方が検査精度はバリウム検査にはるかに勝っている」はずであると(「だから胃カメラを受けるんだ」と)思い込まれている方が、案外多い印象を持っております。
では、胃バリウム検査は、はたして、胃カメラに劣るのでしょうか。
実は、消化器内科医師の観点からしますと、胃カメラと胃バリウム検査とは、実はどちらが他方に勝っているという訳では必ずしもなく、本来、それらは相互に相補う検査方法と見なすべきと考えています。
実物の局所を分析できる胃カメラと、胃全体をレントゲンのかげ、陰影として総合評価できる胃バリウムとは相互補完されるべき検査どうしであり、両方実施して胃の全体像が概ね把握できるものと考えています。
概ねと記載した理由は、もちろんながら疑われる病変の種類によっては、腹部CT検査、MRI検査、超音波内視鏡検査、腹部エコー検査を追加し組み合わせて胃の病変を精密に評価することがあるためです。
つまり、胃カメラや胃バリウムのみで胃の状態すべてを把握できるというわけではありませんが、病変の有無と胃の病態概略の把握にはその二つで概ね間に合うという意味合いです。
少しここで話を切り替えます。2つの主たる胃の検査について比較してみましょう。
胃バリウム検査が胃カメラに勝る要素についてですが、全体像を観察できる強みがあります。
胃カメラは局所の観察と分析にたけているのですが、人が観察する手順を取る以上、主観が判断を大きく左右することが有ります。検査中に異常所見に検査医が気づいていないと、存在しないものと同然とになってしまいますのが、胃カメラです。
バリウム検査では、通常の手順で撮影すれば、取りこぼしは最低限に抑えることができます。
しかしながら、微細な所見の存在にそもそも気づかないと見落とされやすいのが、胃カメラの弱点です。死角も胃の形によっては、少なからずある方もおりますし、(胃と食道のつなぎ目が加齢現象等でゆるくなり)「げっぷ」を頻回にしやすい方では、胃の内腔を充分に拡張させることができず、観察がやむなく不十分となる方もおります。
「げっぷ」のみならず、「えずく」と表現される方もおります反射(おえっ、ゲェーゲェーの咽頭反射です)の強い方は、検査自体に無理があり、精度が保障できかねる場合も稀にあります。
バリウムでは、所見があれば、レントゲンでフィルムとして病変の位置、大きさ、範囲、数を客観的に評価できるということがあります。
以前にあった実際のお話ですが、人間ドック医療面接の際、当施設のバリウム検査では、「明らかに中等度の大きさのポリープがあるようですね」と説明をした所、「数か月前に受けた他施設の胃カメラで異常無しと言われていましたが、バリウム検査の方が間違っているのでは?」と率直に言われたため、やむなく受診者の以前のバリウム検査画像も参照し、「ご覧のように今回と同じ場所、同じ大きさ、同じ形でポリープがうつっておりますのでよって、どうも胃カメラでは見落とされたと考えるべきでしょうね」とお詫びをしつつお話をしたことが幾度も有ります。
それでも余り、納得されずに胃カメラの方が圧倒的に精度は上だ、上のはずだという表情をされていた方も中におりました。しかしながら、これが胃カメラの現状、実状です。
つまり、胃カメラは取り分け、術者の技量と経験によって検査の精度が概ね決まるという様な要素が有ります。端的に表現しますと受ける側の覚悟と我慢、反射の程度と検査医のうでで決まるのです。
経鼻胃カメラでも反射が非常に強く、通常の丁寧な観察ができない受診者の方も散見しております。(これだけ、反射が強いのであれば、むしろバリウムで検査して頂いた方が身体的負担は少ないのではないかと思わずにはいられない方もいらっしゃいます。)
さらには、取り分け、性質(たち)の悪い胃がんの代表でありますスキルス胃がんについてですが、このがんの場合、がん細胞が粘膜の下をもぐって拡がっていく性質を有するがんなので、内視鏡で観察しても表面に顔を出していないことが多いため、検出(診断)が困難なことが多く、とかく見落とされやすいとされています。
具体例としては、芸能人の逸見政孝さんは胃がんを恐れ、毎年胃カメラをこまめに受けていたのにかかわらず、たまたま罹患したがんが胃がんで、それも運悪くカメラでは取り分け分かりにくいスキルス胃がんに罹患していたため、診断も治療も遅れ、1993年に亡くなられたという話は有名です。
とは言うものの、胃カメラがバリウム検査に勝っている要素は、確かに存在します。
レントゲン被ばくはないこと、検査後にトイレに幾度も通う必要がないこと、あやしいところがあれば、即座にその場で細胞を一部つまみ顕微鏡判定に提出ができること(一連の検査を一度で済ませることができ、手間暇が少なくて済むという意味です)、そして、頑固な便秘症の方、以前腸閉塞症をされたことのある方でも、比較的安心して受けることができることなどがあげられると思います。
バリウムを受けるといつもバリウムが出尽くすまでにひどくおなかがやんで困るんですという体質の方は最初から胃カメラを選択してもそれはやむを得ないことと思います。
しかし、そういうケースなどを除けば、医師の目から見ますと、
胃カメラが毎年必要ですので来年も・・、という方は案外少なく、バリウム検査でも足りるはずですが・・、という方も相当数いらっしゃいます。
ですから今一度、バリウム検査の良いところを見直して頂きまして、ご自分の不安、バリウムの負担と胃カメラの混み具合等々を天秤にかけてご検討を頂ければ幸いと存じます。たとえば、具体的には胃カメラと胃バリウム検査を隔年で交互に受けて頂いてもよろしいのではないかと思います。
小さな胃ポリープでは毎年の胃カメラは必要ではありませんが、バリウムを2年連続で受けて3年目に胃カメラという周期での検査、組み合わせでも良い方も相当数いらっしゃるのではないかと思われます。
確かに、医学統計的に、胃がんによる死亡頻度は現状で減ってきています。しかしながら胃がんの発生頻度は、日本全体の少子高齢化現象にて、実数上、さほど減っていないと報告されています。胃の検査の必要性は低下していませんし、ABC検診の普及とともにピロリ菌診断と、除菌療法という話題も最近聞く機会がとみに増えてきています。よって、その点を含めてみても人気の度合いで胃カメラにバリウムは負けていますが、今一度、バリウム検査の良い点、素晴らしい点もご一考いただければ、幸いと存じます。
2016.01.14 院長 栃原 正博