健診検査の一環として、私は胃カメラを定期的に担当しているのですが、
その胃カメラを受けられた直後の受診者の方たちに
「検査結果を説明致しますが、(画像提示後)・・ご安心ください。異常所見は有りませんでした。あやしい所見は一切ありませんでしたので、心配ご無用です。」
と説明を致しますと、少なからぬ回数で受診者の側から
「実は父(母)が胃がんで手術を過去に受けましたので、それで今日、私も胃カメラ
を(・・覚悟を決めて・・)初めて受けたのです。でも、とても安心しました。」
という風に返答をされる方が案外いらっしゃいます。
両親と同じ体質、遺伝子を持っているので心配でした、という意味が隠れていると思われるわけです。
しかしながら 皆さんも御存知のように、
胃がん発症に大きく関与している要因は
いわゆるヘリコバクター・ピロリという細菌です。
幼少期に感染した後、胃粘膜内に定着・繁殖し、その後長年の持続感染を介して胃がん発症へとつながると云われています。この際の胃がん発現については、
罹病する宿主側の遺伝子は左程関係はなく、むしろ病原体株の遺伝子の方が大きく関係しているようです。
中には、日本での胃がん発症の主たる要因たるヘリコバクター・ピロリという細菌の寄与度は98-99%近いとの報告もありますが、一方で諸外国ではその寄与比率は7割前後であるとも統計が報告されています。つまり、国内外で菌体自体の病原性に大きな差があるのではないかとも推測されています。
そして、数字だけをみましても、日本人の胃がん発症に関して、ピロリ菌保有は準必要条件に相当しますが、いわば十分条件ではないわけですので、とどのつまり、要するに
胃がんの家族内発症は遺伝で決まっているのではなく、環境要因ということなのです。
尤も、胃がんに限らず、悪性腫瘍発症に負の貢献をしているのは遺伝子ではなく、9割以上が環境因子であると長年に渡る研究から提唱されています。遺伝子は発症の仕組み、メカニズムを説明しうるのですが、問題は発症要因の方です。
そして、ここで重要なのは環境要因が悪性腫瘍発病の原因ならば、中には工夫・努力で予防出来る場合もある、ありうるということです。遺伝子や先天的体質のように努力で克服しがたいもの、あるいは、困難なものというわけでは必ずしもないのです。
そこで話を戻しますが、
以前のピロリ菌感染様式としては、幼小児期に、生活用水を井戸水やポンプで汲み上げた地下水に依存していた方がその時に感染して持続感染による胃粘膜荒廃をきたし引いては胃がん発現に至るという構図でした。
しかしながら、最近は上水道のみならず下水道も完備した環境で生活している方がほとんどですので、ピロリ菌の新規感染比率は激減しているのですが、それでも実は、「0」には成っておりません。数%の比率で若年者にもピロリ菌保有者を認めます。
それは何故か。親や周囲の人間からもらうことが有るのです。知らないうちに
唾液を介して伝染していると云われています。咀嚼して子供に食事を与えたり、熱い食事でやけどをしないようにと熱冷ましでふうふう口で吹いてから食事を与える。そういったことを介して伝染するのではないかと推測されています。現代は、ピロリ菌の伝染様式も時代とともに変化していると云われています。
ピロリ菌除菌専門外来の医師の話では「だからこそ、除菌をしてほしい。孫や子供にうつしたくないので。うつす前に治したい。」という方も稀にいらっしゃるそうです。
確かに、今までの研究上、「持続」感染をきたすのは、幼少期に感染した場合のみのようです。ではなぜ、幼小児期のみに感染時期が限定されるのか、ということなのですが、
実は、消化液成分の一つである胃酸には、食物に含まれる細菌を死滅させる働きも併せ持っており、食物や水分を介した細菌侵入を阻止する強い働きがあるのです。
幼い時期は、胃の細胞も未成熟のため、胃酸が細菌を死滅させるほどには分泌されません。
ピロリ菌の話ではありませんが、先日病原性大腸菌O157に集団感染した方の内、3歳の女児が不幸にして亡くなられた事象が有りますが、大人は胃酸で病原体の菌数を激減させることできるのですが、女児は免疫能力自体も未成熟な上、胃酸による消毒機能も低いままであったことが、他の成人と明暗を分けた要因なのかもしれません。
尚、大人の場合、成人してから感染はしないのか?と尋ねられる場合があります。
感染はするにはするのですが、急性胃粘膜病変、急性十二指腸病変と呼ばれる高度な急性胃炎等をきたすことがあります。ただし、この場合は炎症をきたす期間が極めて限定的で、ほぼ殆ど大半は自然に治ってしまうと云われています。
この場合には胃がんの発症にはつながらないと云われています。
以上、ピロリ菌について思いつくままに周辺情報を記載させて頂きましたが、ご参考にして頂ければ幸いです。